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福岡地方裁判所 昭和33年(行)22号 判決

原告 松尾元春

被告 福岡県知事

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の連帯負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が(1)昭和三二年三月三〇日附『三二筑農第五四四二号』をもつてなした、譲渡人寒田祐英、譲受人江崎末広間の別紙物件目録(一)記載の土地に対する農地所有権移転に関する農地法第三条による許可処分及び、(2)同日附『三二筑農第五七五号』をもつてなした、譲渡人寒田祐英譲受人江崎末広間の別紙物件目録(二)記載の土地に対する農地の転用のための所有権移転に関する農地法第五条による許可処分はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、訴外寒田祐英は本件農地の譲渡人として、訴外江崎末広はこれが譲受人として、昭和三一年一〇月二四日被告に対し、本件農地中別紙物件目録(一)記載の土地につき農地法第三条による農地の所有権移転の許可申請を、別紙物件目録(二)記載の土地につき農地法第五条による農地の転用のための所有権移転の許可申請をなしたところ、被告は右各申請を容れ請求の趣旨記載の各許可処分をなした。

二、本件農地に関する事実関係は次のとおりである。

(1)  昭和二二年八月当時、別紙物件目録(一)記載の土地中(イ)(ロ)の土地は訴外寒田祐英の所有に属し、別紙物件目録(一)記載の土地中(ハ)の土地及び別紙物件目録(二)記載の土地は右寒田祐英及び寒田唯雄同竹迫シメの共有に属していたところ、昭和二七年一〇月一二日右竹迫シメの死亡により同人の右持分につき右寒田祐英寒田唯雄及び訴外寒田タカの三名においてこれを相続したが、更に昭和三一年一二月二〇日右寒田唯雄寒田タカが右共有土地に対する各持分をそれぞれ放棄したため、以来本件農地全部は右寒田祐英の単独所有に帰したのである。

(2)  ところで右寒田唯雄は、昭和二〇年八月一五日以前から現在に至るまで山口県豊浦郡豊田町に居住し、又右寒田祐英及びその妻である右寒田タカは従前外地(上海)にあり、昭和二一年中に帰国して本件農地の所在地たる福岡県山門郡山川村大字立山に居住したが、昭和二二年八月中に右寒田祐英が大阪市所在の三亜興業株式会社本店の専務取締役に就任したため、ともにその住居を兵庫県芦屋市に移し、次いで昭和三一年四月頃同県宝塚市に転住して現在に至り、更に右寒田祐英は昭和三三年四月より右会社の取締役会長に就任しているものである。又前記竹迫シメは昭和二〇年八月一五日以前より福岡県山門郡山川村に居住していたものであるが、昭和二七年一〇月一二日右住居において死亡している。

従つて本件農地は、右竹迫シメの死亡によりすべて右農地の所在する市町村の区域外に居住するいわゆる不在地主の所有農地に帰したのである。

(3)  一方、原告等の実父訴外松尾常人は、昭和二二年八月前記のとおり寒田祐英が兵庫県芦屋市に転住するに際し、同人より本件農地全部(当時前記共有に属する農地中竹迫シメ寒田唯雄の持分については右寒田祐英が管理していた)を、同人等の転住後同人宅に唯一人残留する年老いた右竹迫シメの日常生活一切の面倒をみることをもつて右農地使用に対する賃料と定め、期間の定めなく賃借し、更に右竹迫シメ死亡後は、前記山川村に所在する右寒田祐英の本件農地を含む一切の不動産に対して賦課される固定資産税を同人にかわり立替支払うことをもつて賃料と定めて引続き賃借し、以来これに麦や甘藷等を植付けて耕作使用した。

その後昭和二九年一月一四日右松尾常人が死亡するにおよび、原告等は間もなく右寒田祐英に対し、実父松尾常人におけると同一の条件で引続き原告等において本件農地を耕作使用することの承諾方を求めたところ、右寒田祐英は昭和二九年四月九日附の郵便をもつてこれを承諾したので、原告等は前記実父松尾常人の耕作に引続き別紙物件目録(一)記載の土地中(イ)の土地に麦や甘藷を、別紙物件目録(一)記載の土地中(ハ)の土地及び別紙物件目録(二)記載の土地に葡萄や蜜柑を各植付け、平穏且つ公然とこれを耕作使用し、その余の土地は肥料土をつくるためにこれを使用し、賃料については約定に基き従前同様前記固定資産税の代納を以てこれに充てることとしたのである。

(4)  しかるに右寒田祐英は、昭和三一年三月中旬に至り、突然原告等に対し、本件農地に関しその耕作差止の通知をなしたのであるが、原告等は前記約定に反するとして引続きこれが耕作を継続しているものである。もつとも、右寒田祐英と松尾常人或いは原告等との間の前記賃借権の設定については、旧農地調整法第四条或いは農地法第三条所定の許可手続はしていない。

三、以上の事実関係に鑑み、前記本件農地につきなした被告の各許可処分には、次のような違法があり当然無効である。

(1)  すなわち、本件農地は、農地法第二条所定の小作地には該当しないけれども同法第六条第五項所定のいわゆる看做小作地に該当する。(なお看做小作地に該当するや否やを定むる時期は、市町村農業委員会がその農地につき小作地以外の農地であつてその所有者又はその世帯員でない者が平穏且つ公然と耕作の事業に供している農地であるかどうかを知つた時期と解すべきところ、本件農地につき所轄の山川村農業委員会は遅くとも昭和三一年一月一九日までにはこれが看做小作地に該当することを知つている。)

しかして、前記のとおり本件農地は、いわゆる不在地主の所有する農地であるところから、これが看做小作地に該当するものである以上当然農地買収処分の対象となり、かかる農地の所有権移転は農地法第八条以下の手続を経てのみなされるべきものであつて、まず山川村農業委員会は本件農地につきまず農地法第八条所定の公示及び縦覧の手続をなし、次いでその所有者たる前記寒田祐英とその小作農たる原告等との間で農地所有権譲渡の条件につき協議をなし、その協議が成立した場合には両者連名で被告に宛て、同法第三条或いは第五条の規定により所有権移転の許可申請をなさしめ、ここに被告は一般の基準に照らして右申請の当否を判断し、許可不許可の決定をなすべきものである。

しかるに、本件農地については、右農地法第八条所定の手続はなされておらず、被告は所有者寒田祐英とと、本件農地の小作農にあらざる江崎末広の両名が直ちに同法第三条及び第五条の規定に基いてなした前記許可申請に対し、これが正当な手続を経ていないのにかかわらず、その違法を看過して認容し、前記各許可処分をなしたのであるから、右許可処分は当然無効のものといわなければならない。

(2)  又本件農地は、前記のとおりいわゆる不在地主の所有に属する農地であるところ、被告はこれを寒田祐英の自作地であると認定して右各許可処分をなしたのであるから、右許可処分はこの点においても当然無効のものといわなければならない。

被告指定代理人等は主文と同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の請求原因第一項、第二項の(1)(2)(4)の各事実はいずれも認める(もつとも本件農地はいずれもその所有者である寒田祐英において耕作しようとすれば容易に使用収益し得る自作地であつたものである。)が、その余の主張はすべて争う。

すなわち、本件農地の大部分はもともと荒れた原野の状態にあり、そのうちわずか四畝程度を寒田祐英の義姉竹迫シメにおいて松尾常人の援助のもとに野菜畑として耕作利用していたにすぎず、右竹迫シメ死亡後はこれを松尾常人において、又同人死亡後は原告等において事実耕作管理していたにすぎない。

この間本件農地につき右寒田祐英と右松尾常人或いは原告等との間においてその耕作権を設定する契約がなされたこともなければ、まして本件農地につき右松尾常人や原告等に耕作権が設定されたとして被告福岡県知事或いは山川村農業委員会において耕作権設定の許可を与えたこともない。もつとも、昭和二二年頃右寒田祐英が山川村より他へ転住する際、同人宅へ唯一人残留する竹迫シメが老齢であつたため、山川村に所在する右寒田祐英の財産管理につき、従前より親交の厚かつた松尾常人にこれを依頼し、同人死亡後は原告に引続きその管理を依頼したことはあつたが、右は事実上の財産管理の委託にすぎず、本件農地につき耕作権が設定されたことを意味するものではない。

しかも、昭和二五年以来山川村に成田不動尊の堂を建設する計画が進められ(松尾常人もその協力者の一人であつた)、本件農地もその境内の一部に予定されていたところから、その農地としての利用はなされず、荒れるにまかせた原野の状態にあつて、松尾常人はその生前これが耕作をしたことはないのである。

しかるに右松尾常人が死亡した直後の昭和二九年三月頃に至り、原告等は突然本件農地に対する耕作権を主張し、前記管理の趣旨を越えて本件農地の一部に永年作物たる葡萄を植栽する等の信義に反する行為をなしたので、寒田祐英は昭和三一年三月原告等に宛てて前記本件農地に対する管理の委託を解除する旨の意思表示をなし、その明渡方を求めたのであるが、原告等は不法にも耕作権の存在を主張してこれに応ぜず、以来右寒田祐英と原告等との間に本件農地に関して紛争関係が係属するに至つたのである。

従つて、被告が本件農地につき前記各許可処分をなした昭和三二年三月三〇日当時においては、原告等は本件農地を平穏且つ公然と耕作していたとはいえないから、これが農地法第六条第五項のいわゆる看做小作地に該当するものではないといわなければならない。

仮に本件農地がいわゆる看做小作地に該当するとしても、その法律上の効果は農地法第六条第一項所定の農地所有制限に関する限りにおいて同項掲記の小作地として取扱われ買収処分の対象となるということに過ぎず、それ以上に所有者がその所有権を任意に他に譲渡する権利を奪つたり又その所有権譲渡の場合に看做小作地の耕作者が該農地の小作農として取扱われ農地法第三条第二項第一号の規定により右耕作者以外の者への譲渡は許されなくなるという効果を生ずるものではない。従つて、その所有者が任意に譲受人を選定し、農地法第三条或いは第五条の規定に基いて農地所有権移転の許可申請をなした場合、被告において一般的基準に照らしてこれを処理することは何ら違法でない。

被告は、前記寒田祐英、江崎末広の農地法第三条及び第五条の規定に基く農地所有権移転の許可申請を受け、一般的基準に照らしてこれが当否を審査し、譲受人たる江崎末広が別紙物件目録(一)記載の農地を取得するにつき農地法第三条第二項各号所定の事由のいずれにも抵触しないし、又同人が農業に精進するものと認めてこれが取消を許可し、更に別紙物件目録(二)記載の農地の取得については、それが同人の農業による独立の生計維持に心要な住宅用地のためのものであり、その住宅建築の実現も必要且つ確実であると認めてこれが取得を許可したものであつて、その間何んらの違法も存しない。

(証拠省略)

理由

一、原告の請求原因第一項、第二項の(1)(2)(4)の各主張事実については、いずれも当事者間に争がない。

二、原告は、本件農地は不在地主の所有に属し、且つ農地法第六条第五項所定のいわゆる看做小作地に該当するものであるから、所有制限に触れる農地として買収処分の対象となるべきものであるところ、かかる農地の所有権移転は同法第八条以下の手続を経てのみなさるべきものであつて、他の手続方法による移転は違法である旨主張する。

そこで右主張の当否について考えてみるに、本件農地が原告主張のごとくいわゆる看做小作地に該当するものであるか否かについての判断はさておき、たとえ看做小作地に該当するもので、農地法第八条以下の規定に基きその所有権の譲渡を強制され、究極においては国に買収されるべき運命にあるものであるとしても、果してその所有権の譲渡は原告主張の如く農地法第八条以下の規定に基く買収手続においてのみしか許されないものであらうか。

なるほど農地法第八条以下には、所有制限に触れる農地に対する買収の手続が規定されているけれども、所有制限に触れる農地につき未だ同法第八条以下の規定に基き買収手続が着手されていない場合に、その所有者がこれを任意に他に譲渡することを禁止する旨の明文の規定は存しない。

農地法は、農地はその耕作者自らが所有することを最も適当であると認めて耕作者の農地の取得及びその確保を計らんとするもので、その目的のために農地に対する所有を一定の枠内においてこれを制限し、右所有制限に触れる農地の所有はこれを違法なものとして農業に精進する耕作者への譲渡を要請しているものである。しかして、右違法な農地所有に対しては、究極において右農地の譲渡を強制し、国においてこれを買収することによつてその政策目的を貫徹しようとするものであるが、その買収手続の過程においてもなお土地所有者の任意の譲渡を認めているのである。

すなわち、農地法第八条の規定に基き農業委員会が所有制限に触れる小作地(看做小作地も含まれる)につき買収計画を樹立してこれを公示縦覧に供し、且つその所有者にその旨通知して買収手続に着手した後においても、なお同法第九条により右公示の日から一ケ月の期間内においては土地所有者の任意の譲渡を認め、右所有者の任意の譲渡は一般の農地所有権移転の場合と同じくその手続は同法第三条以下の規定によるものと定め、強制力をもつてその政策目的を実現する以前に、土地所有者に一般の農地所有権移転の場合と同一の基準をもつて任意にその違法状態の解消を促しているのである。

右規定の趣旨に鑑みても、行政機関が所有制限に触れる農地を発見し得ないか、又発見しても未だその買収手続に着手しない場合において、その土地所有者が一般の農地所有権移転の場合と同様に同法第三条の規定に基き(第五条の場合も別異に考える必要はないと解する)任意にその所有権を譲渡すれば、これにより法の所期する前記所有制限に触れる農地の解消という結果が自ら実現したことにほかならず、それ以上に右の如き譲渡方法を禁止して同法第八条以下の手続を経なければならない必要は見当らない。右の如き所有者の任意の譲渡方法を認めたとしても、その譲渡は同法第三条或いは同法第五条の規定に基く都道府県知事の許可があつて始めてその効力を生ずるものであるから、該農地所有権移転の許可申請の当否を判断するに当り、一般的許可基準に照らして農地法の精神に反する所有権の移転はこれを防止し得べく、何らの弊害をも生ずるものではない。

よつて、右の点に違法ありとして被告の本件許可処分の無効を唱える原告等の主張は失当である。

三、次に原告等は、いわゆる看做小作地の耕作者は農地法第三条第二項第一号所定の小作農に該当するとして、本件農地の所有権移転の許可処分には同条項第一号の規定違背が存する旨主張するが、農地法第三条第二項第一号所定の小作農とは同法第二条第四項所定の小作農を指称し、同法第六条第五項所定の看做小作地の耕作者はこれに含まれないと解すべきである。

そもそも右条項による看做小作地が法律上の意味を有するのは、それが農地所有制限に関する同法第六条第一項の適用につき小作地と看做され同法第八条以下の規定に基き買収処分の対象となるというにすぎず、その耕作者が同法第三条第二項第一号の小作農と看做される明文の規定もないし、制度の趣旨に徴してもそのように解することはできないから、本件農地がいわゆる看做小作地に該当するか否かの判断をするまでもなく、原告等の右主張は採用するに由ないものである。

四、更に原告等は、被告は本件農地が訴外寒田祐英の自作地でないのに自作地であると認定したうえ本件許可処をしたのであるから、該許可処分はこの点においても違法があり当然無効である旨主張する。

しかしながら、本件農地につき前示看做小作地の主張以外にこれが農地法第三条第二項第一号所定の小作地又は小作採草放牧地であるとの主張のなされていない本件としては、所有権移転の許否の対象たる農地が自作地であろうと自作地以外の農地であらうと、そのこと自体により所有権移転に関する一般的許否の基準に差異を生ずることはないわけであるから、仮りに本件許可処分が寒田祐英の自作地であるとの認定のうえになされた処分であつたとしても、且つ又その点の認定に誤りがあつたとしても、ただそのことの故に該許可処分の効力を否定する効果を生ずるものではないといわなければならない。

五、以上の次第で本件被告のなした許可処分が当然無効である旨の原告等の主張は本件農地がいわゆる看做小作地に該当するものであるか又被告がなした本件許可処分が本件農地につき寒田祐英の自作地であると認定したうえなされたものであるか否かの点につき判断するまでもなく、すべて採用し難く、原告等において他に、本件農地の所有権移転につき被告がなした各許可処分につきこれを無効ならしめる原因事実を主張するところがないから結局原告等の本訴請求は理由がないことに帰する。

よつて、原告等の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項但書を適用したうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 安倍正三 山口定男 前田一昭)

(目録省略)

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